基準を伝える

中学3年生最後の公式戦前に書いたものアップし忘れていたので本日アップ。

基準って言葉はよく使うし意識しているけど、普通って言葉は使わない。
どっちかというとあまり好きじゃない言葉。
『普通は●●です。』って言う人、よくいるけど。普通って、何?

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■基準を示す

主体性あるチームになってほしいと、そこまで自分達でやっちゃうかと俺が驚くような一人一人になってほしいと思ってる。
中学生の通常練習は、限られた2時間。
無駄にするな!ではなくて、一分一秒無駄にしたらいけないよね?と想いはいつも伝えるようにしてる。
一から十まで言われて動くチームはどう?それでいいと思う?どんなチームがいいと思う?
一緒に考えていきたいから。
それでも基準は示したり伝えなくちゃいけないわけで。

■想いを伝える

今日の中学3年生。全然悪くない。だけど、よくもない。
もっとよくできないか?よくできなかったか?
ちょっとおかしいなと思ったら、最後の公式戦前だからってそれを伝えないでおこうなんて思わない。
感じたことは伝える。意図があってそうしてたのか、なんとなくそうなっちゃってたのか。

■最低限の基準

選手の想いと自分の想い、ギャップがあるのが当然だと思う。
全てが以心伝心なんてことは難しい。
だけど、伝えていく。だから、伝えていく。
想いは伝わる、熱は拡がる。そう信じてる。
時間はかかるかもしれないけど、今すぐは伝わらないかもしれないけど。
だから、こうしろああしろは言わないようにしつつも、想いを伝えることはしていきたい。

■主体的に行動できるように

主体的にやってほしい。
それはサッカー選手になったらってことも一つあるけど、大人になったらってことからの逆算で。
近い将来、主体性ある人間しか生き残っていけない気がする。
そうでない仕事、作業はロボットが全てやるような時代になるかもしれない。
学校のテスト、学校生活。答えがあることのほうが多い、やるべきことがはっきりしていることのほうが多い。
社会に出てからの生活、仕事は答えがないことのほうが多い。
何を考え、どう動くか。

■指示待ち人間になるな

指示したほうが楽。指示されたほうが楽。それは間違いない。指示待ち人間は学校生活では何とかなるかもしれないけど社会では厳しくなる。
今は自主性があるだけで何とかなって、主体性がなくてもやれる仕事がたくさんあるかもだけど、20年後30年後はわからない。
考動できない人は厳しくなってくる。ような気がする。

練習も仕事も与えられた環境、与えられた時間、与えられたスペースの中で、今何ができるか、何をすべきか。
そのアンテナはいつも感度良くしていてほしい。自分もそうしていたい。

学校生活、社会での生活。答えがあること、答えがないこと。
ここのギャップに主体性がない人は戸惑う。いくら知識があっても主体性がなければ活躍できない。
選手に伝えながら、自分にも言い聞かせる。
多分これがこの仕事の本質なのかな?

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